オリンピック・バレーボール編
日本では、中学、高校の部活動にたいていバレーボールがあり、
社会人バレーはママさんバレーなど競技人口は多いです。
Vリーグというプロリーグもちゃんとあります。
大きな大会には、メディアやタレントも積極的に参加し、
応援歌まで作ってしまう熱狂ぶり。
なのに、全日本チームの実力アップにそれほどつながっていない。
普及していることと実力がともなっていないのです。
テレビ中継が日本チームのコートばかり映すのも
どうかという批判もあります。
相手チームのプレーや筋肉、汗や、動きなど、
関心も驚きも嫌悪も敬服も何も生まれません。
基礎からのバレーボール
サッカーのワールドカップは、毎回誘致合戦が繰り広げられます。
しかし、バレーボールのワールドカップは日本ばかりです。
欧米や南米などでは、
サッカーに比べ観客動員数が少ないのです。
もちろん、イタリアのバレーのプロリーグは、
日本のVリーグより盛り上がってますが、
サッカーの比ではありません。
サッカーは莫大な利益が出ますが、
バレーボール会場となる体育館に3万人とか6万人は集まりません。
また、日本で開催される大きな理由に、
大会にお金を出してくれる企業スポンサーが日本以外では
あまり見つからないのです。
女子バレーの女神たち
一昔前までのバレーの世界では、
コンビネーションプレーがうまいとか、
スピードで勝負とか、国によって特徴があらわれたりしました。
最近は、プレーのスタイルが出尽くした観があります。
背が高いとか力が強いなどの身体的条件も、
その能力差が有利とか不利とかないように思えます。
ただ、最後に相手コートにボールを返すテクニックには、
民族の違いや地域の違いが感じられます。
日本の場合、これがいいフォーム、これが正しい打ち方、
というのがきちんと教えられていて、優等生的なプレーをします。
他国では、「えっ?」と思うようなプレーがあったり、
きちんと打てと教えられている国との違いはあるように思えます。
野球もその傾向があります。
サッカーやバスケットボールのように
敵味方が入り乱れてゲームが進む競技と違い、
ネットで分けられている分、攻撃も守りもパターン化され、
個性はなくなっているかのようです。
栗原恵・大山加奈物語
バレーボールは、バスケットボールと同様、
アメリカのYMCAの関係者によって、
冬に屋内でできるスポーツとして1895年に考案されました。
ボールをボレー(volley)し合うので、
バレー(ボレー)ボールと名づけられました。
バスケットボールよりも運動量が少ないため、
当初は女子のスポーツとして普及しました。
その後、バスケットボールと同じように
YMCAの関係者を通して世界に広まっていきましたが、
やがて第一次世界大戦に参戦したアメリカ軍の兵士によっても、
ヨーロッパなどに伝わりました。
軍内部のバレーボールの位置付けは、
スポーツというよりは、完全なレクリエーション。
イラクに派遣されていた自衛隊は、
町へ出かけなくても気晴らしができるように、
娯楽施設を作っているそうですが、
駐屯地によっては地元住民とすぐになじめるところと、
なじめないところがあります。
なじめないところでは、
自分たちで楽しめる娯楽が必要になります。
軍事施設のため、アメフトなどは適当でないとし、
バレーボールがアメリカ軍に採用されたという経緯がありました。
試合をしなくても、ちょっとした場所でパスをして遊べるので、
都合よかったのです。
女子のスポーツとして広まったのですが、
軍隊のレクリエーションとして採用されたこともあり、
技術や戦術が高められていったのです。
ボールを打ち込むことは、一般にアタック(攻撃)といいますが、
これは軍隊育ちだからです。
今ではスパイク(大くぎを打ち込む)と言いますが、
ずっと昔はキル(kill)といっていたそうです。
つまり「ぶっ殺してやる!」ということです。
技術や戦術はその後ぐんと高まり、
スポーツとしての面白さを増し、
競技として注目されるようになるのです。
トップ・アスリートの声 −技−
バレーボールの見どころですが、
それぞれのチームが得意とする技術、戦術があるので、
それを見極めた上で見れれば面白いでしょう。
試合の流れをどう組み立てるのかなど、
まあ、このあたりは監督も十分認識してやっていることでしょうが。
流れを変えるためのタイムの取り方なども。
サッカーなどもそうですが、流れが悪いなら、
KillTheGame といって、いったんその流れを殺す、
つまり断ち切るなどということも必要かと。
正攻法だけでは、絶対ダメだと思います。
相手とのかけひきや、
反則にならない程度に・・・云々というのは、
どの競技でも必要だと思います。
個人的にはこれくらいは許せます。
メダルを逃してもフェアプレー精神を貫くか、
多少まずいことをやっても、やっぱりメダルか。
きれいごとだけでなく、自分たちが何よりもほしいものを
自分たちでまずは貪欲に求めてほしいと思います。
球萌え。
東洋の魔女、その決勝戦のTV視聴率は、
驚異の85%だった。
男女バレーボールがオリンピックに加わったのは、
1964年の東京大会からという事実は、意外と知られていません。
その記念すべき第1回目の大会で、
日本女子のプレーは国民的人気を博しました。
鬼の大松監督(だいまつ)が率いた「東洋の魔女」
そのハードなトレーニングは独自に編み出した
回転レシーブなどで、アメリカ、ルーマニア、韓国、
ポーランドと強豪国を連破していきます。
そして迎えた10月23日の決勝戦で、
最大のライバルソ連と激突。
日本は、第1、第2セットを13-7から追い込まれ、
14-13となりました。
この時、NHKテレビアナウンサーが叫んだ
「日本、金メダルポイントです」は、後に流行語に。
試合は、結局、ソ連のオーバーネットで、
日本が金メダル奪取。
日本中の茶の間の歓声が沸いたのです。
実に、この時のテレビ中継は、平均視聴率85%に達したのです。
全日本女子バレードキュメントブック




