オリンピック・陸上編
ローマ、東京と五輪マラソンを連覇したアベベ・ビキラは、
富と名声を得ました。
当時のエチオピア人としては珍しく、
ドイツ車、フォルクスワーゲンの所有者になりました。
しかし悲劇は、このワーゲンのハンドルを握っていて起きました。
1969年3月23日午後11時頃、自ら運転する車で、
首都アジスアベバの北75キロを走行中、
前方から来たジープのライトに目がくらみ、
ハンドルを切りそこねて、窪みに転落したのです。
人通りの少ない砂漠の中で、動けなくなったアベベが、
農民によって助けられたのは翌朝の8時頃。
脊髄に損傷を負ってて、以後、歩行が困難に。
皇帝の命令でロンドンでの治療が長く続きました。
世界最高峰を極めたマラソンランナーは、
再び走ることはなかったのです。
しかし、数々の身障者スポーツ大会に参加。
スポーツマン精神は持ち続けたのです。
東京大会から9年後、事故から4年後の1973年10月25日、
41の若さで亡くなりました。
葬儀は国葬として行われました。
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1. 知ってるつもりで [ 藍ベーなブログ ] 2007年09月30日 04:38
3人の飛脚マラソンランナーの話がありました。
以下、彼らのその後を簡単に綴る。
*アベベ選手*
3連覇を狙うけど、競走中止に終わる。
その後、交通事故で再起不能になる。
さらにその後、41歳の若さであの世へ呼ばれる。
*円谷選手*
当初は君原選手のペースメーカーだ...
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