オリンピック・エピソードとまめ知識
世界で最も遅い五輪マラソンの記録は、
54年と8ヶ月6日、さらに5時間37分20秒3でした。
日本人でした。
日本にとって五輪初参加となった1912年、
第5回ストックホルム大会でのことです。
金栗四三(かなぐりしぞう)は、
マラソンの途中(17〜25キロという説)で、
緊張感と40度近くまで上がった気温のために、
熱射病となり、失神し、落伍(らくご)しました。
倒れた金栗は、近くの農民に救助され、
一夜を過ごした後、宿舎に戻ったのです。
現地では、“消えた日本人”として時の人となりました。
それから55年後の1967年にストックホルム市は、
オリンピック開催55周年記念祭を開き、
“消えた日本人”を招待しました。
当時、76歳だった金栗老人は、
ゴール手前から少し走って見事テープをカット。
場内放送は、
「ここに第5回オリンピックのマラソンは完全に終了しました」
と告げました。
会見で金栗老人は素晴らしいスピーチをしました。
「長い道中でした。途中で孫が5人もできました」
ちなみに、ストックホルム大会で金栗選手が履いていたのは、
コハゼの付いた黒い足袋でした。
いわゆる「金栗足袋」です。
日本では戦後しばらくまで、
駅伝などに足袋を用いる選手は残っていました。
金栗さんは、1983年に92歳で亡くなりました。
実に五輪参加から71年後のことです。
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1. 四三さん [ はためき。: 四三さん ] 2007年09月25日 16:39
TVを見ていて、おっと、目に入ったのは、 金栗四三(かなぐりしぞう)という、マラソン選手。
ビックリしたのは、この、四三というめずらしい名前、
自分の亡くなったお爺ちゃんも、同じ名前やったからなんスよ…
2. 55年越しのゴール [ ハムスター速報 2ろぐ 55年越しのゴール ] 2007年09月25日 16:39
355 名前:水先案名無い人 投稿日:06/03/28(火) 11:00 ID:522EDAaa
スポーツ系なら自分は日本初のオリンピック出場マラソン選手の金栗四三の話を推す。
国内で世界記録を20分以上も塗り替えるような記録を出しながらも本大会では日射病で倒れ、行方不明扱いにされてし...
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