オリンピック・柔道編
小さい頃から体が弱かった嘉納治五郎(かのうじごろう)は、
柔術によって鍛えようとしました。
1877年に天神真楊流(てんじんしんようりゅう)に入門しますが、
同時にその他複数も流派も学んで、
自分なりの創意工夫を加えた柔術を作り上げました。
とりわけ、実用術としてよりも、
精神修養のための身体技法としての柔術に
力点を置いたのが特徴です。
そのために危険な技を排除し、
教育的な価値(礼儀・作法・マナーなど)を盛り込み、
名前も「柔道」に改め、新しい鍛錬法として
広く普及させようと考えました。
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