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オリンピック・陸上編
信念が世界を変えた 〜背面跳び フォスベリー〜」(再放送)
というNHKのドキュメンタリーが年末にありました。
その昔、アメリカ・オレゴン州の大学生だった
走り高跳びの選手「ディック・フォスベリー」は、
ライバルに勝てず悩み苦しんでいました。
当時の走り高跳びはベリーロール(腹ばい型)
と呼ばれる跳躍法が主流です。
フォスベリーはこのスタイルを苦手としていたのです。
彼は、慣れ親しんだ「はさみ跳び」を頑として続けたですが、
幾度となく、コーチや仲間から厳しい言葉を浴びせられました。
ある大会で、彼は偶然にも新しいフォームと出会うきっかけを得ます。
力いっぱい跳んだ際にフォームが崩れ、
思いがけないスタイルでバーを越えたのです。
その後、フォスベリーは新しい跳躍法の試行錯誤を繰り返し、
1968年に行われたメキシコオリンピックで、
ついに金メダルを獲得したのです。
当時としては異例の跳躍法である「背面跳び」が、
世間に認知された瞬間です。
後に背面跳びは科学的な合理性が証明され、
今やトップクラスの選手は皆「背面跳び」を取り入れています。
フォスベリーは運がよかっただけでなく、
きっかけは運であっても、
偶然を必然に変えられる信念を持っていたのでしょう。
私も高校体育の時間で、とても苦手でした。
高さはなんとかクリアしていても、どうもフォームがすっきりしない。
ベリーロールこそが、走り高跳びだったので、
個人的にはあまり興味の持てない競技の一つでした。
今では、男女問わず、背面跳びの美しいフォームに、
オリンピック競技での私の好きな競技の一つなんです。
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オリンピック・サッカー編
オシム監督が、脳梗塞で倒れたことは、
本当にビックリしました。
60歳を過ぎた監督なので、多少の心配はしてました。
次の代表監督を考えることさえ、
失礼で申し訳ない気持ちがよぎります。
しかし、サッカー界としては、大変な事態です。
祈るしかないので、動向を見守りましょう。
さて、そのオシム監督は実は経歴を述べておきましょう。
イビチャ・オシム監督は、
旧ユーゴスラビア(ボスニア・ヘルツェゴビナ)のサラエボ出身です。
選手時代のポジションはフォワードでした。
サッカー選手として、1964年東京五輪で日本に来日し、
当時日本代表選手だった川淵キャプテンとも激突してます。
ユーゴスラビア代表として活躍し、
日本との順位決定戦では2ゴールを挙げました。
クラブチームでは、サラエボでプロとしてのキャリアをスタートし、
フランスのチームを転々とし、1978年に引退しました。
2003年から、Jリーグ ジェフユナイテッド市原
(2005年シーズンからジェフユナイテッド市原・千葉に改称)
の監督を務めまたことはご存知だと思います。
在籍4年目の2006年時点では、Jリーグ最年長監督でした。
そして、ジーコ監督の後、日本代表監督就任要請を受け、
2006年7月21日、日本代表監督に就任しました。
では次に、過去の戦績です。
■ジェリェズニチャル(クラブチーム)監督時代の戦績
1985年 UEFAカップ準決勝まで駒を進めるが敗れ、決勝進出を逃す。
■ユーゴスラビア代表監督時代の戦績
1990年 FIFAワールドカップイタリア大会でベスト8
有名なエピソードがあります。
旧ユーゴはいろんな民族で構成されてますが、
各民族のスターばかりを集めた選手起用を求めるメディアに対して、
当てつけとして、初戦ドイツ戦で敢えてその要求通りの起用で敗戦。
次の試合では本来考えるチーム編成で勝利し、
最終的には、準々決勝でマラドーナを擁するアルゼンチン相手に、
1人欠きながら120分間無失点のドローの末、PK戦で敗れたのです。
オシム監督は、国際的な評価は高いですが、
あの有名なサビチェビッチ選手は反発していたそうです。
どこかのTVインタビューで批判してました。。。
プロスターズプラチナム ジャパンスペシャルエディション3 D.サビチェビッチ
イタリア セリアAのACミランで活躍し、
ユーゴスラビア代表では10番を背負い、
ストイコビッチ(ピクシー)とともに活躍しました。
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■オーストリア グラーツ(クラブチーム)監督時代の戦績
当時、すでに名将と呼ばれていたオシム監督は、
ヨーロッパのビッグクラブからの監督要請が多い中、
オーストリアにて弱小だったチームを選びます。
1995/96 オーストリア・カップ(初)優勝、
オーストリア・ブンデスリーガ2位
1996/97 オーストリア・カップ優勝、
オーストリア・ブンデスリーガ3位
1997/98 オーストリア・ブンデスリーガ優勝、
UEFAチャンピオンズリーグ出場
1998/99 オーストリア・ブンデスリーガ優勝、
オーストリア・カップカップ優勝、
UEFAチャンピオンズリーグ出場
1999/00 オーストリア・ブンデスリーガ2位、
UEFAチャンピオンズリーグ出場
2000/01 オーストリア・ブンデスリーガ4位
2001/02 オーストリア・ブンデスリーガ2位
■ジェフ千葉時代の戦績
2003年 ジェフユナイテッド市原監督に就任
2005年 Jリーグヤマザキナビスコカップ優勝
上記のどれも、とても輝かしい成績です。
名将と謳われる所以です。
DVD 引き裂かれたイレブン オシムの涙
バルカン半島の火薬庫と言われるユーゴスラビアは、
クロアチア、セルビア、モンテネグロ、
ボスニア・ヘルツェゴビナと次々と分裂し、
社会的に想像を絶する苦労が、
オシム一家にもあったことと思います。
奥さんなどは国外に脱出できなかったと聞いたことがあります。
どうなるオシムジャパン!?
もうオシムジャパンと呼ばれなくなるのか?
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オリンピック・競泳(水泳)編
木原 光知子(きはら みちこ)さんといえば、
元水泳選手であり、タレントでもあり、実業家の顔も持ってました。
美人で、低音で、そのハスキーな独特の声が特徴でしたね。
東京オリンピックでは、400mメドレーリレー4位という成績でした。
オリンピック後は、1967年1月 日大水泳部を退部し、
東レ専属の水着モデルとなります。
1984年には、大磯ロングビーチキャンペーンガールを務めます。
その他、映画、ラジオ、CMにも多数出演しました。
以前、ソウルオリンピックでの鈴木大地の記事中で、
彼の独特の泳ぎ方を後で知ったと書きましたが、
この解説をしていたのが木原 光知子さんだったのです。
彼女のオフィシャルサイトを覗くと、
すばらしいメッセージが紹介されていました。
自分なりに要約すると、
他人は関係ない、すべて自分との闘いだ、
これまでやってきた自分を信じること。
日常すべてが訓練の場になり、
どれだけ練習すればいいということがない。
長い長い競技生活や人生で培ったものですね。
私も小学校の時に水泳やっていたので、
とても尊敬しています。
2007年10月13日、神奈川県平塚市内のプールで、
親子水泳教室の指導中に倒れ、
意識不明のまま平塚市民病院に搬送されました。
一時は意識を回復したものの、同18日午前1時25分、
くも膜下出血のため死去されました。
謹んでご冥福をお祈りいたします。
享年60(59歳没)
| 浅尾美和 |
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コラム
元オリンピック選手のタレントって、こんなにいるんですね!
・池谷幸雄(いけたに ゆきお) 体操
・大林素子(おおばやし もとこ) 女子バレーボール
・岡崎聡子(おかざき さとこ) 体操
・荻原次晴(おぎわら つぎはる) スキーノルディック複合
・川合俊一(かわい しゅんいち) 男子バレーボール
・川上直子(かわかみ なおこ) 女子サッカー
・木原光知子(きはら みちこ) 水泳
・サンダー杉山 レスリング
・信田美帆(しのだ みほ) 体操
・陣内貴美子(じんない きみこ) バドミントン
・田島寧子(たじま やすこ) 水泳
・勅使川原郁恵(てしがわら いくえ) ショートトラックスピードスケート
・中田久美(なかだ くみ) 女子バレーボール
・松野明美(まつの あけみ) 女子マラソン
・馬渕よしの(湯浅よしの) 飛び込み
・宮本和知(みやもと かずとも) 野球(ロス五輪)→巨人
・森末慎二(もりすえ しんじ) 体操
・山崎浩子(やまさき ひろこ) 新体操
・渡部絵美(わたなべ えみ) 女性フィギュアスケート
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